アメリカのアウトドアギア・アパレル企業のpatagonia(パタゴニア)が新しい資本主義経済の方向を導く決断と対応をしたことが、今大きな話題を呼んでいます。
patagoniaはオーナーであるYvon Choinard(イヴォン・シュイナード)が約50年前に創業した企業であり、経営権(株式)はオーナーであるYvon自身とその家族が保有していました。しかし、先日の発表でpatagoniaの全株式のうち98%を環境保護団体「the Holdfast Collective」へ寄付し、残りの2%を新設した団体「Patagonia Public Trust」へ信託したことを発表しました。
この出来事が世間へ対してどのように影響を及ぼすのか?そして資本主義経済を再構築するための手助けとなるのかを詳しく説明していきたいと思います。
事業の継承
patagoniaは株式を公開していない企業(プライベートカンパニー)ですので、創業者であるYvon Chounardの関係者が全株式を保有していました。資本主義経済のルールでは50%以上の株を保有することで、会社の方針を決める際に議決権を行使することができます。
2022年現在、創業者のYvon Chouinardは83歳で、後世は誰に会社を任すのかを考えなければなりませんでした。通常の資本主義経済のルールに則るのであれば、
- 身内或いは従業員に譲る、引き継いでもらう
- 会社の株を他社へ売りキャッシュを得る(M&A)
- 株式を公開して投資家から資金を得る(上場)
の3択から選ぶことがセオリーでしたが、patagoniaは別の新しい枠組みを作りました。それが、
4.環境保護NPOへ会社の株式98%(無議決権株式100%)を譲渡し、会社の価値観を守るための新会社へ株式2%(議決権付株式100%)を信託すること
環境保護を推進するための資金を確保するため、株式を公開し不特定多数の投資家から潤沢な資金を調達することは容易な手段ではあったことかと思います。しかし、それを行うことで短期的な利益追求を株主から求められ、「We’re in business to save our home planet(我々は故郷である地球を救うためビジネスを営む)」というミッションを成し遂げられないと判断し、今回の新しい枠組み制定につながりました。
資本主義経済への警笛
2018年、patagoniaはミッションステートメントを改正しました。ミッションステートメントとは会社が何のために存在しているか、といった存在意義や従業員の行動指針へと繋がる大切な一文です。
(~2019まで)
build the best product, cause no unnecessary harm, use business to inspire and implement solutions to the environmental crisis.
「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」
(2019~から)
We’re in the business to save our home planet.
「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」
以前は”ビジネスを手段として環境問題を改善する”とありましたが、変更後は”環境を守るためにビジネスを営む”とあり、手段と目的が変わっています。社を上げて地球環境問題に対してアクションを起こしていく、そのような姿勢が伺えます。
では実際にどのように環境問題を守るために活動を行っているのか。いくつか代表的な取り組みを紹介します。
Certified Benefit Corporation(Bコープ)
Certified Benefit Corporation(サーティファイド・ベネフィット・コーポレーション、以下Bコープ)とは、米国ペンシルバニア州に本拠を置く非営利団体のB Labが運営している認証制度です。patagoniaはカリフォルニア州で初めてBコープ認証を取得した営利企業です。
詳しくはこちらの記事でも紹介しています。
【良い会社認定 その1】世界で広がるソーシャルグッド&ベネフィットコーポレーション
Bコープが事業を行う目的は、”Redefine success in business.”(ビジネスにおける成功を再定義すること)です。昨今の時代背景から消費者の意識も変わり、品質だけでなく環境に悪影響を与えていないか?を問う消費者が増えてきました。そんな折にBコープ認証が威力を発揮し、消費者へ対して誠実な真相を伝えるコミュニケーション方法として価値が発揮されます。
Public Benefit Corporation(PBC)
Public Benefit Corporation(パブリック・ベネフィット・コーポレーション、以下PBC)とは、2010年メリーランド州で初めて法的に国で認められ誕生した企業形態です。株式会社のように株主利益最大化だけを事業の目的とせず、働く従業員や取り巻く環境の利益も追求することを公約することが可能です。
BコープとPBCは名前は似ていますが、似て非なる認証制度です。Bコープは会社の評価制度、PBCは法的に認められた会社形態です。ただし、どちらもビジネスと地球環境を保護するための活動には変わりありません。
Benefit Corporations
1% for the planet
1% for the planet(ワンパーセント・フォー・ザ・プラネット)とは、売上の1%(利益ではなく)を地球環境保護で活動する団体へ寄付する仕組みです。2002年、patagoniaの創業者Yvon Chouinardと、Blue Ribbon Fliesの創業者であるCraig Mathewsによって設立されました。
世界中で5,000社以上の個人・団体・企業が参加して環境資金を集めています。集まった寄付金の使い道としては環境汚染の保全活動であったり、野生動物の保護、そして持続可能な農業への投資として使われています。
patagonia provisions
patagonia provisions(パタゴニア・プロビジョンズ)とは、環境保全に直結する第一次産業のイノベーションを起こすべく新たに始まった食部門事業です。機械、農薬、化学肥料を極力使用せず持続可能な農業で次世代に健全な地球環境を残すことを目的としています。
資本主義社会を再構築する
ビジネスを営める土俵は地球です。しかし、止まらなくなってしまった資本主義経済が地球を壊し、すでに限界を超えてしまっています。とは言っても人間が豊かな生活を続けていくには企業の成長は欠かせません。
そこで今回、patagoniaは資本主義経済を脱却できる可能性を秘めた自然と人間の共生スキームを作りました。富を一部の人で牛耳るのではなく、責任ある成長に伴う利益を気候変動と闘う活動に投入する手段が得られるといった枠組みです。
patagoniaの食部門でも現代の工業型農業へ警笛を鳴らすべく「リジェネラティブ・オーガニック農法」と呼ばれる農法を推進しています。従来の慣行農法に比べ、大気からより多くの炭素を隔離することのでき健康な土壌の構築を促進する農法として期待されています。
これら全てに通じることは行き過ぎた現代の方法を見直し、ビジネスを通して人間が生活できる方法と、地球を修復することを同時に進められる解決策として取り組んでいることです。
SPEAK OUT! 声を上げる大切さ
patagoniaは自社の製品やサービスを通して環境問題へ真摯に向き合っていることに加え、メディア事業へも積極的に投資しています。その中の1つに映画やドキュメンタリーがあります。
映画「180° SOUTH」の中でこのようなシーンがあります。
映画の中でYvon Chouinardが残した言葉です。イースター島の文明崩壊の話しから始まり、ダム建設から自然を守るキャンペーン運動など、止まることができなくなってしまった社会システムへ対して疑問を投じる内容が多く反映されています。
大衆に向けたメディアを通じて少しでも多くの人が環境保全に意識を向けることへ積極的に働きかけています。
さいごに
筆者の私はアメリカSAN DIEGOへ留学時に、サーフィンをきっかけにpatagoniaの存在・活動を知りました。
自然と触れ合うアウトドアスポーツをする以上、自ずと自然環境には敏感になります。今回のpatagoniaの発表を通じて、責任あるビジネスの発展と地球を修復するアクションがリンクできる社会をデザインの力で加速していきたい、そのように改めて思いました。